「ジミーの世界」事件というものがある
wikiより引用
「ジミーの世界」事件
1980年9月28日、アメリカ・ワシントン・ポスト紙はジャネット・クック(Janet Cooke)記者の署名の入ったジミーの世界と いう長文の記事を報じた。それはワシントン市に住む8歳のヘロイン常習患者について描くもので、彼の母はヘロイン常習者がたむろする食堂を経営し、その愛 人は麻薬の密売人。ジミーの腕には注射のあとが残っているなど、生々しい2256語にのぼるルポルタージュであった。当時ヘロインはワシントンの深刻な問 題になっており、関心が高まっていた。
記事は市民に衝撃を与え、大きな反響があった。ワシントンの警察もジミーを保護するために大捜索を行った。しかし、そのような少年は見つからなかった。市長や警察はワシントンポストの記事に対する疑念を抱くようになっていた。
この記事で、ポスト紙は1981年、ピューリッツァー賞を受賞した。
しかし、やがてAP通信がクック記者の経歴を報道すると、その中に多くの嘘があることが明らかになった。不審を抱いたポスト紙編集幹部はクックを追 及し、彼女は功名心にかられてすべて嘘の記事を書いたことを認めた。「ジミー」は架空の少年だった。クック記者は「人に漏らせば自分の生命に危険が及ぶ」 という理由で、当事者の身元も情報源も自社の編集責任者にすら明らかにしていなかった。ワシントン・ポスト紙はピューリッツァー賞を辞退し、同紙におかれ ているオンブズマン(外部の大学教授がその任にあった)による調査を実施した。調査結果は5面にわたって紙上に詳細に公表された。調査結果は捏造の経過と社内の問題点について明らかにし、次のような点を指摘している。
* 幹部が疑いを持ちながらも、厳しい追及を怠った。
* 記者を信頼する仕事の仕方が限度を超えた。上司は取材源を確かめて聞くことさえしていない。
* 特ダネを期待する過度の功名心の弊害が社内に強かった。
などである。一度は地に落ちたワシントン・ポストの評判は、この調査とその公表によって挽回されたという。
引用ここまで


この詳細調査報告は「クックの世界」と題して紙面5ページを使ってレポートされた。
これによって、激しかったワシントンポストへの批判は止み、逆に信頼を取り戻したという。
今回の毎日新聞の捏造記事問題について海外の反応は、日本人が自分たちに都合の悪い記事を発信するコーナーを抗議によってつぶした、というとらえ方のようだ。
日本人がいくらこの記事はおかしいと言っても、ここまで「おもろいネタ」を提供してもらってその内容を興味本位で信じたい外国人は記事の真っ向否定は「面白くないから」認めないだろう。
しかし、「これは第二のジミーの世界」「第二のジャネット・クック」なんだよ、と言えばどうか
要は、出典をあいまいにしたうえで正規メディア、いわゆる一流新聞が記事として掲載した場合、それがどんな内容だとしても、真実であるとみなされてしまうという恐ろしさがある。
例えば、「日本の週刊テレビガイドによると、日本の小学生は友人とのささいなけんかにもネコ型ロボットに武器供与をさせて相手を痛めつけるとか、日本では少年に兵器ロボットを操縦させているうえ、親父にも殴られたことがないのに殴られる」という記事であっても、新聞社のニュースとして各国の新聞に転載され、多言語に翻訳されてしまうということになる。
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by arsnova-arch | 2008-07-02 10:54
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